1947年 日本の香川県仲多度郡多度津町にて、本部道院開設(2カ月後に宗教法人の認証を受ける)。
1948年 「日本北派少林寺拳法会」と「黄卍教団」が発足。
1951年 日本政府による宗教法人法の成立により、「金剛禅総本山少林寺」の認証を受け登記する。
1956年 「日本少林寺武芸専門学校」開校。
1957年 「全日本少林寺拳法連盟」設立。
1963年 「社団法人日本少林寺拳法連盟」設立。
1972年 「国際少林寺拳法連盟」 (ISKF) が発足。
1974年 「少林寺拳法世界連合」 (WSKO) へと移行。
1980年 初代師家 宗 道臣の逝去に伴い、娘の由貴が第二世 宗 道臣として管長に就任。
1992年 「社団法人」が「財団法人少林寺拳法連盟」へと移行。
1997年 創立50周年を祝し、50年史(沿革史集、道院支部紹介集、有段者名簿集)を発刊。
2000年 「少林寺拳法グループ連携協議会」(略称 少林寺拳法グループ)が発足。「財団法人」、「宗教法人」、「学校法人」、「世界連合」の組織を明確にするため区別化を行い、グループ総裁に宗 由貴が就任。
2002年 「日本少林寺武道専門学校」全日制高校課程を開講。
2003年 「日本少林寺武道専門学校」が「専門学校 禅林学園」と改称。
2003年 「有限責任中間法人少林寺拳法知財保護法人(現SHORINJI KEMPO UNITY)」を設立(少林寺拳法グループに加入)。
2005年 創設以来使用してきた盾卍からシンボルマークを双円(ソーエン)と呼ばれるものに変更。メインロゴを「SHORINJIKEMPO」(1つ目のoは双円)とデザイン化されたものに変更し、世界統一を図りだす。
2007年 創始60周年。11月4日、日本武道館にて記念大会が開催。
2008年 全国中学校少林寺拳法連盟設立。
思想と技法
教え
少林寺拳法の開創の目的は、あくまでも宗門の行であり、単なる武道やスポーツでは無いという視点に立ち、「金剛禅」という独自の教えに基づいて、自己確立・自他共楽の教えを元に、力愛不二・拳禅一如・守主攻従・不殺活人・剛柔一体・組手主体という独自の教えを説いている。それに加えて、脚下照顧・合掌礼・作務・服装等があり、さらには鎮魂行・聖句・誓願等がある。
金剛禅では、「自己確立」「自他共楽」「理想境建設」をその目的としてあげている。リーダー育成により日本の社会に影響ある若者を育てることを目指す。少林寺拳法の哲理
この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
拳法と禅
開祖・宗道臣が生まれてから満州へ渡り中国で過ごし、敗戦後日本に帰国するまでに見て学んだ武術・武道を改良し体系化されたものを少林寺拳法の護身の技としている。拳法は三法二十五系に別れ、突き蹴り等打撃攻撃に対する守備反撃方法の「剛法」。腕や衣服を捕まれたり、背後からの攻撃に対する抜きや投げによる反撃方法の「柔法」がある。もう一つは整骨法の「整法」と呼ばれる。少林寺拳法の教えに「剛柔一体」というものがあり、どちらも均等に修練しないと上達していかないと言われている。 宗道臣「少林寺拳法教範」によれば以下の記述がある。 「…そのことが解ってからの私は、柔道や空手、ボクシング、相撲その他を研究し、その技をこの原則に当てはめ分解してみると、いずれも同じであるということを確かめることが 出来たので、帰国後、私は全く新しい観点から中国の拳技や把式の再編を思い立ち、護身術にもなり、保健体育法にもなり、その上人格完成に貢献できる精神修養法にもなる、心身一如の修道法の創設を志し、中国の嵩山少林寺の白衣殿の壁画に残る印度伝来の阿羅漢の拳を、原始時代の今日にふさわしい形式に組み替えて、行うことに踏み切り、祖師の啓示と先師の教えを基として、これを戦時中に得た貴重な実戦の体験と私の創案を加えて慈に日本正統少林寺拳法を編んだのである。」
混同されがちだが、金剛禅の中に(修練法として)少林寺拳法があるのであって、少林寺拳法の中に金剛禅があるのではない。
修行体系
少林寺拳法の修行体系は三鼎、三法、二十五系そして六百数十の技に分類されている。
心
気力 気勢 気合
体
剛法
突技 打技 切技 蹴技 刈技 踏技 体技 防技 独鈷伝 如意伝 金剛伝
柔法
逆技 投技 固技 締技 捕技 押圧技 抜手法 抜身法 守法 縛法
整法
整経 整脈 整骨 活法
智
陰陽 虚実 天方 地位 智術 謀略
演武
この拳法の体術である「剛法」と「柔法」の技を組み合わせ、演じるものを『演武』という。とくに二人で組むものを「組演武」といい、「組手主体」の教えの基、二人の攻防を演じる。また1人でおこなう『単独演武』というものもあり、突き、蹴り、受けという基本の動きを確認するために用いる。少林寺拳法における『大会』とは主にこの演武の発表会を指し、各資格別に分かれたコートで演武をおこないそれを5名(3名の場合もある)の審判員が審査する。本来は、修練体系として確立されているものであるが、年始の稽古初め・年末の稽古納め・入門式など各節目などに行われることもある(奉納演武)。少林寺拳法創生期には、現在のように完全に構成を決めたものではなく、多くの不確定要素を盛り込んだ自由攻防も行われていたため演武が最後まで演じきれずに終わるということも散見され、その緊張感と迫力には定評があり、また武の修練としても大きく効果を発揮した。 特に初期よりの高弟である中野益臣・三崎敏夫(故人)両範士による演武は、指導した開祖をもってして驚嘆せしめる迫力があったとされる。この演武を見て感激し入門を決意した者が多数おり中には他流派武道の高段者さえも入門したという。相当のレベルであったことが伺いしれる。
運用法
これらの技法をより深める修練法として、攻守を決めて行う『運用法』がある。以前から他武道と同じように『乱捕り稽古』と呼ばれていたが、現在は『運用法』に名称を統一している。以前は大学の部活同士で『乱捕り競技会』と称して、大学内の優劣を決める対戦競技が行われ、死傷者を出す惨事を多く起こし問題となった。現在は防具の改良と充分な安全管理の下、正式に資格を有するものが審判を行うことが徹底されている。大学生は現在でも活発に練習に取り入れているものの、一般支部では指導法の難しさや、年齢層もまちまちの為敬遠されがちである。しかし昇段試験には運用法も試験内容に含まれており、きちんとした指導と練習を今後していけるかどうかが課題とされている。
評価方法
攻撃や反撃をとにかく極めるといったポイント制を見るのではなく、双方の攻防の動き、技の修得度、防御から反撃への足捌き、体捌きや技を体系的に練り上げているか(戦術の修練度)など、またとくにマナー・礼儀作法を重視する。以上、拳(技術)、禅(精神面)の両面で審査する(60周年記念大会運用法の部評価方法より)。
組織
組織体系
少林寺拳法グループ 総裁 宗 由貴
金剛禅総本山少林寺 代表 浦田 武尚
財団法人少林寺拳法連盟 会長 新井 庸弘
専門学校禅林学園 校長 山崎 博通
SHORINJI KEMPO UNITY 代表理事 宗 由貴
現況
2008年現在の少林寺拳法グループ総裁は、開祖の娘にあたる宗由貴(そう ゆうき)。昨今の性犯罪の増加から有効な護身術として注目され女性の入門者が増えている。金剛禅総本山少林寺、少林寺拳法連盟本部、専門学校禅林学園は香川県仲多度郡多度津町に、東京研修センターが東京都豊島区にある。日本を含む32カ国に普及しており、4年に1度、国際大会(2009年はインドネシアで開催予定。「世界大会」に名称変更。)も開かれている。金剛禅総本山少林寺として「禅」と「精神修養」の一環を法話や規範を説きながら護身の拳法を稽古する場所を道院、財団法人少林寺拳法連盟の管轄で、自己の向上の教えのもとに護身の拳法をスポーツ少年団、高校、大学、企業、カルチャーなどのクラブ、サークルで活動する団体を支部と称している。
資格・武階と法階
少林寺拳法の有段者資格は、拳の修行の進捗の度合いを示す武階と、これに精神面での成長度を加えた拳禅一如の修養の段階を示す法階の2種類がある(少年部初段は法階なし)。
また、財団法人のみに加入の中学・高校・大学等(袖章が青)の拳士は、本山にて正拳士四段合格までは、法階を与えられない。 有段者は一般的に下記のように呼称される。
例:准拳士初段
例では、「准拳士」が法階で、「初段」が武階を指しており、下記のように昇格していく。
准拳士 初段 → 少拳士 二段 → 中拳士 三段 → 正拳士 四段 → 正拳士 五段
→ 大拳士 五段 → 大拳士 六段 → 准範士 六段 → 准範士 七段 → 正範士 七段
→ 正範士 八段 → 大範士 八段 → 大範士 九段 師家
プレシン スタン ガッツ ジャー ひのえま トーイ プールバ ジメチル ウイット ブチュ ディス ハピパラ ていてつ コチニー ハトムギ トライク 紅葉雪 スカラ はちのへ ストラ 熱帯雨林 ストーン テンス もみじが NETリブ 恋待月 サーチ 桜坂 チシェリー トートナビ フェノール ツルコ のへじ トレラ ルーセン つるみ デジカルビ ディパー オーナラ すぎごけ デルフ マニフェ デリン ようとう スエヒ レソト スイング リベート ハッピー ミリグラム
※現在は「師範」という法階は使われていない。なお、「師家」とは少林寺拳法グループの総裁のみの役職である。
道院・支部における助士・助教は、中拳士三段以上で、かつその他の条件を満たす者の中から指導者としてふさわしい者が任命され、支部長になるには、五段以上の武階、道院長になるには、大拳士五段以上の武階および法階の資格と、宗教法人金剛禅総本山少林寺の僧階である大導師以上の資格が必要となっている。
昇格考試は、各都道府県連盟で各々の地域で実施されている。但し、正拳士四段以上は指導者として位置づけられており、香川県多度津町の総本山でのみ実施される。
少林寺拳法の修練時は道衣と帯を締める。2005年4月以降は統一ロゴ・マークが制定され、道衣の胸には統一マークの道衣をきて修練する(2008年4月1日より刺繍入り道衣、許諾ラベル付き帯に完全移行)。 また、袖に所属を表す袖章を表記するようになった。
袖章の色
■赤 金剛禅総本山少林寺管轄(一般の道院)
■青 財団法人少林寺拳法連盟の支部(学校クラブや支部)
■緑 学校法人 禅林学園
■紫 少林寺拳法世界連合 (WSKO)
さらに、道院・支部関係の所属長は金、五段以下の所属長(道院の場合は法階が大拳士以下、あるいは僧階が大導師以下などの道院長心得の者)は銀、助教等の役職で中拳士参段以上は赤の刺繍があわせて施される。
資格・僧階
僧階とは、金剛禅総本山少林寺のいわゆる僧侶としての資格で自分自身の修行に精進することに加えて、 この道の布教者になることを志して金剛禅総本山少林寺の僧籍に編入された者に対して与えられる。
少導師 → 権中導師 → 中導師 → 権大導師 → 大導師 → 権少法師 → 少法師
→ 権中法師 → 中法師 → 権大法師 → 大法師
※僧階の補任(昇任)には各僧階ごとに要件がある。 (例:少導師は金剛禅総本山少林寺の道院に所属し、 『金剛禅読本』を学習した少拳士弐段以上の拳士(17歳以上))
学校法人 禅林学園(旧武道専門学校)
禅林学園は「日本少林寺武芸専門学校」を前身とする、少林寺拳法の指導者育成機関として設立された。全日制の「武道学科」、「高等師範コース」、「経営創造学科」、「公務員対策講座」、「高等課程」も開講されている。卒業生は地方へ帰ると指導幹部として期待され後進の指導に当たる。本校の生徒の多くは高校生(高等課程)から20代の少林寺拳法の指導者を志す若者が多数在籍している。
また、全国各地に「武道専門コース」があり、全日制に比べて修了までの期間は長くかかるが、社会の場に出て全日制に通えない社会人などで指導者を志す者が多く在籍している。各地での指導に当たるのは地元に在籍する修了した高段者や禅林学園からの派遣講師が指導にあたる。武道専門コースは、ほぼ各都道府県で月に1度日曜日に開講されている。
少林寺拳法本部
場所は香川県仲多度郡多度津町の桃陵公園の近く。宗教法人金剛禅総本山少林寺、財団法人少林寺拳法連盟、少林寺拳法世界連合(WSKO)、学校法人専門学校禅林学園からなる。これらの施設は同一の敷地内にある。
本部は、本堂、講堂、錬成道場、食堂、大雁塔、禅林学園校舎からなる。少林寺拳法師家 宗道臣(開祖)の墓(霊廟)もある。敷地内には各少林寺拳法グループの事務局も存在する。
大雁塔
敷地より山の上部にそびえる白い六重の塔。内部は少林寺拳法の資料館となっており開祖の遺品や少林寺拳法の歴史を知ることができる。最上階の一角には開祖の遺骨が分骨で祀られている。また多度津の町並みや讃岐の山々、瀬戸大橋と瀬戸内海を見渡せる。宗道臣が若い頃訪れて感動したという西安の大慈恩寺・大雁塔をモデルに建立された。
その他
盾卍から双円へ
盾卍(たてまんじ)は、「卍」が四方を盾で守られているマークで、50年以上に渡って少林寺拳法グループで使用されてきたものである。
少林寺拳法の「教え」、「技法」、「教育システム」が統一された『世界で一つの少林寺拳法』実現のために卍から双円へとマークを変更した。また、一部の国ではナチスのハーケンクロイツを想起させるため使用することができず、世界で統一したマークを採用するために、2005年4月に双円(ソーエン)という新マークが作成され、盾卍はその座を譲った(公式サイトによるシンボルマークの説明)。 ※ナチスも旧日本帝国も枢軸国である。
道衣・帯の生産・販売のマスターライセンス解除事件
2005年4月よりサイナップス・コミュニケーションズ株式会社による新道衣・帯の販売を開始。
ところが2005年11月7日付にて少林寺拳法知的財産保護法人より サイナップス・コミュニケーションズ株式会社宛にマスターライセンスの解除通知が送られた。
2005年11月付でサイナップス・コミュニケーションズ株式会社は少林寺拳法グループおよび 株式会社オザキ、株式会社前川商店らに対して仮処分命令申立を行った。
2005年12月16日付でサイナップス・コミュニケーションズ株式会社は少林寺拳法グループに対して 債務不履行に基づく損害賠償ならびに不法行為に基づく損害賠償請求のため、東京地方裁判所へ民事告訴した。 同日付で、株式会社オザキ、株式会社前川商店らに対して 売掛代金請求のため同裁判所へ民事告訴した。
現在、和解に向けての話し合いが行われている。